パイオニアになる。
多様性を、
エネルギーに変えて。

2013年入社
黄 昏/KON KO

知的財産

本田技研工業(株) 知的財産・標準化統括部
コーポレート知的財産部 商標・地域支援課
法学研究科 知的財産法プログラム 修了

松明は、
自分の手で。

「Hondaは、松明を自分の手で掲げていく企業である」。本田宗一郎とともにHondaを育てた、藤沢武夫の言葉だ。誰かの明かりについていくのではない。たとえ小さくても自分だけの松明を持って自分の道を行け。就活中に知ったこの言葉は、私の心に大きく響いた。私は留学で中国から日本にやってきて、日中学生会議という活動に参加した。両国あわせて70名近くが集まる会議を企画し、主体的にテーマを決め、時には食い違う学生たちの議論をまとめ上げもした。まさに、自分なりの道を見つけ出すことの連続だったのだ。そう、藤沢武夫の言葉と私の経験は重なっている。Hondaへの入社を後押ししてくれたのは、そんな気づきだったのだと思う。

配属されたのはコーポレート知的財産部。大学院で学んだテーマがそのまま活かせる部署だった。私は商標管理を受け持つことになった。Hondaは製品名称や技術名称、デザインなど数え切れない商標を持っている。よく目にするところではHondaのロゴもそうだし、The Power of Dreamsというフレーズもそう。もしもHondaのロゴがピンクになったり、The Power of Automobilesのように不正に使われると、ブランドの強さが失われてしまう。そんな不適切な商標をグローバルにチェックすることも大切なミッション。その一方で、私のまわりには特許などの技術的な知財に関わるメンバーもいる。技術系・事務系を問わず、ほぼあらゆる事業部門とつながって仕事を進めていく、実にダイナミックな部署なのだ。

名付け親の、
愛着と向き合う。

入社2年目。私は二輪R&Dセンターにいた。二輪商標のポートフォリオをグローバルに見直すというプロジェクトが立ち上がったのだ。商標は一度登録されると10年間保有することができ、その後も維持したければ所定の手続をとる。ところが、中には今後の使用が見込めないものもあり、その維持にかかる費用と工数が負担となっていた。更新判断の材料となっていたのは、名付け親であるエンジニアやセールス部門へのヒアリングだ。「もしかしたら使うかもしれないから維持」。そんな返答の多さが、効率性の低い更新につながっていた。

そこで私は、更新フローに新たなプロセスを加えた。ヒアリング内容を事業企画部門に精査してもらい、更新する・しないをより現実的に判断することにしたのだ。だが、更新停止の判断に対しては消極的な意見も多かった。エンジニアにしてみれば技術の名称はわが子の名前にも等しい。セールスにとっても営業活動をともに戦った愛着あるもの。「経費削減のため」とそっけなく伝えてもうなずいてもらえない。私は「なぜ経費削減が必要か」をていねいに肉付けした。それを説得材料に、部長クラスへのプレゼンテーションや、海外の相手であればメールや電話でのやりとりを重ねた。結果として150件の製品名称を整理することができたが、個人的には別の収穫もあった。商標ひとつとっても、立場によってさまざまな視点があり、想いがある。そんな実感だ。

開発の現地化は、
知財の現地化だ。

Hondaは数年前から、グローバルの各地域で「研究開発・生産の現地化」を進めている。研究開発・生産が行われるということは、アイディアや製品名称も現地で生まれるということ。そのため知財に関わる業務もまた「現地化」が必要になってきた。2017年1月、私は欧州へ飛んだ。Honda Motor Europe(HME)にて、現地知財部門の自立サポートを行うために。11日間でイギリスとイタリアを行ったり来たりの強行スケジュール。しかも初めての海外出張。使い慣れない英語も、知識不足も不安だった。ぎっしり詰め込まれた予定の中には、現地法人の責任者に対するプレゼンテーションも含まれている。専門部署の協力を仰ぎながら書類を読み込み、徹底的な下準備をした。

出張でやるべきことのトップリストは、現地知財担当者とのケーススタディだった。実際の係争案件などをもとに、課題の抽出から改善までをOJTでやりきるのだ。現地のワークフローがうまく機能するようになるには、リアルなプロセスを体験してもらうことがいちばんの近道。その一方で、今後についてのさまざまな議論も行った。もっとも意見がぶつかったのは、商標の管理を日本と欧州でどうすみ分けるベきか。現地にとってはある程度の業務を任されたほうがプレゼンス向上に有利だ。日本にとっては任せっきりにしてしまうと情報共有もおろそかになりかねない。お互いの思惑を戦わせながらも、どうにか双方が納得できるポイントにたどりついた時はホッとした。仕事を終えた後、駐在員と、工場の責任者と連れ立って出かけた古いイタリアンレストラン。歴代の社長が訪れたというその場所で食べたピザはとてもおいしかった。けれど「よくここまでやったよ」という駐在員の言葉こそ、私にとっては何よりのご馳走だった。

多様性人材の、
パイオニアへ。

欧州では嬉しい経験もした。駐在員とともに工場を訪れた時のこと。「現地での発明やノウハウに対しては、発明者本人にきちんと還元があるような報酬制度をつくりたいね」。駐在員のその話に、工場の担当者は目を輝かせて聞き入っていた。知財関連の仕組みをきちんと整えれば、開発への意欲だって掻き立てることができるのだ。

Hondaという会社は多様性のかたまりだ。業務を通じて部門も国もさまざまな人々と接することで、私はそれを強く感じている。そして私もまた、そんな多様性人材のひとりなのだ。母国ではない日本で働き、家庭もある。その私がパイオニアとして道を切り開くことで、女性にとっても外国籍の人にとっても、ひとつのロールモデルになれるはずだ。個人の力を信じてとことん任せる一方で、チームとして働き方を手厚くバックアップする。Hondaならではの文化を心強い味方に、現状に決して満足することなく突き進みたいと思う。どこまでもハングリーに。自分だけの松明を手に。

CAREER PASS

START
Honda Carsにて販売店研修。
埼玉製作所にて工場研修。

  • STEP.01

    2014/1~2014/3

    知的財産部企画室に配属。二輪・四輪・パワープロダクツ・ロボティクス・航空機の全ての商標を担当。プロダクトの数に圧倒されながらも、自動車やバイクだけではないHondaの強みを実感する。

  • STEP.02

    2014/4~2016/5

    先輩たちの自発的な提案によってスタートした、二輪商標の最適ポートフォリオの構築プロジェクトを引き継ぐ。タイ、ベトナム、マレーシア、インドなどあらゆる国のあらゆる職種の人たちと徹底的に話し合う日々。

  • STEP.03

    2016/6~

    地域支援から、グローバル案件まで広く手掛ける。夢は、グローバル体制の構築の担い手になること。国籍、性別などの違いを活かして働けるHondaだからこそ描ける夢だと感じている。

STAFF