殻を破って、
大きく羽ばたけ。
タイで感じる
Hondaの教え。

2008年入社
松尾 祐治/YUJI MATSUO

研究開発(パワープロダクツ)

Honda R&D Southeast Asia Co.,Ltd. (HRS-T)駐在
工学部 航空宇宙システム工学科 卒業

自分に対する偏見
との別れ。

のっけから言うのも少し気恥ずかしいけれど、僕はHondaという会社に感謝している。それは自分がはまり込んでいた枠を取っ払い、脱皮する機会をくれたからだ。僕はタイの研究開発拠点に駐在している。だけど白羽の矢が立った時、実はあまり乗り気ではなかった。技術志向が強く、海外でリーダーシップをとる立場になるよりも、自分なりに技術を極め続けたいと思っていた。元々の性格もあったと思う。高校時代、野球をやっていた。打順は2番で守備はセカンド。そのポジションに誇りをもっていたけれど、実のところエースとか4番とかキャプテンとか、目立つところで活躍したいという気もなかった。自分はそういうタイプじゃないと決めつけ、自ら限界を決めて自分に枠をはめ続けていたのである。

パワープロダクツ領域への配属に関しても、同じことがいえる。航空宇宙システム学を専攻し、当初は航空機志望だったが、何せ視界が狭かった。そんな僕にHondaは多彩な製品ジャンルを担当でき、その開発一つひとつに広範囲に関われるパワープロダクツ領域を勧めてくれた。技術者として非常に成長できる領域だった。クルマやバイクに比べても小さな構造体で、開発チームも基本的に小所帯。裁量大きく全てに携われる魅力がある。開発を始める前に、積極的にお客様や販売店の声を聞きに行く開発哲学にも惹かれた。製品の実際の使われ方を見たり、要望を聞いたりした上で、生活に役立つ製品を具現化できる。

「これ、僕がつくりました」

日本にいた時の開発で思い出深いのは、国内向け耕うん機“FG201(プチな)”と“F220(こまめ)”のモデルチェンジだ。初めて設計領域のPL(プロジェクト・リーダー)になり、最初から最後まで推進した。遠方までお客様のニーズを探りに行き、デザインの刷新等も開発チームから提案。各研究開発部門、生産技術・製造・認証法規部門、営業部門、品質管理部門など、様々な部門の人たちと直接やりとりした。そして後日、家庭菜園をもつ親類に、手がけた製品をプレゼント。胸を張って「これ、僕がつくりました」と言えたことが嬉しかった。

船外機、耕うん機、芝刈り機、水ポンプ、除雪機の開発など、あらゆる経験を積んだ末に僕はタイへ渡った。Honda R&D Southeast Asiaのパワープロダクツ部門(HRS-T PP)、その設計グループの駐在員として。HRS-T PPは若い現地スタッフ中心の小規模な組織。しかし世界中をターゲットに製品を開発している研究開発拠点だ。僕は駐在の使命を次のように受け止めていた。最大の眼目は自己成長の実現。自分より適任の先輩が多い中で、僕が選ばれた最大の理由は他にないはずだった。次に、プロジェクトを推進しながら現地スタッフの育成に努め、自力でQCD(クオリティ・コスト・デリバリー)を守り切れる地盤を強化すること。その達成のために、いわば選手兼コーチの役割で、精いっぱい臨もうと心を決めた。

四面楚歌でも
前へ進んでこそ駐在員。

赴任早々、僕は面食らうことになる。開発ボリュームが組織のパワーを超えていた。その中で育成も進めねばならない。最初に推進したアジア・オセアニアの新興国向け刈払機の開発プロジェクトでは、特に苦労した。若いタイ人の各PLやLPL(ラージ・プロジェクト・リーダー)をバックアップするための奔走。局面局面で出てくるQCD上の問題の対応。海外赴任もLPLも未経験だった僕には、カバーすべき範囲が広すぎた。日本でも自覚していた技術者としての未熟さが、浮き彫りにされ、ごまかしがきかなくなってきた。それでも突破口を見出し、的確な判断をしなければならない。日本でなら上司に指示を仰ぐこともできるが、ここでは頼りは自分。駐在員の僕が道を示せなければ、HRS-T PPにとって問題解決の手段はないに等しいことになってしまう。

いつも自分の判断一つひとつに緊張感を覚えた。お客様のことを想うと尚更そうだった。HondaのパワープロダクツはASEAN地域の生活に深く根ざし、人々の暮らしを支えている。その1台1台の重みを僕はリアルに感じていた。例えば、毎日草刈り作業に従事し、刈払機一台で家族を養う業者の方。汎用エンジンをボートに載せ、危険も承知で遠洋までマグロを釣りに行く漁業の方。僕らがつくる製品の性能・品質には、お客様の生活のため、安全のため、1%の妥協もあってはならない。だからこそ常にプレッシャーに襲われる。しんどい時も数え切れぬほどある。

偉大なる素人であれ。

僕には今、Hondaの声が聞こえてくるようだ。「しんどさも含めていろいろなことを経験し、ひと回りもふた回りも大きくなって帰って来い」。そう思ってここへ送り出してくれたに違いない。ふと我にかえると、入社時には考えられなかった環境で価値を出し切っている自分に気付く。「よく越えられたな」と思う困難の山を踏破してきた自分にも気付く。自分の中に眠っていた可能性や、自分が気付きもしなかった適性を、Hondaは見いだし広げてくれた。こぢんまりとした枠に収まりそうだった僕に、「お前はもっともっとできる」と強く背中を押してくれた。本当に感謝の気持ちで一杯だ。

今後の僕の目標は「お客様の生活を豊かにすること」と「生活を変えること」である。「豊かにする」とは、より良い製品でお客様の期待に応えること。「変える」とはお客様の想像も凌駕するくらいの製品で、新しい生活モデルを創出することだ。そしてこのチャレンジの過程で、僕はある金言を実践したい。「偉大なる素人であれ」。新人時代に上司からもらったアドバイスだ。開発においては常にプロ意識をもつことが不可欠。しかし毎日のように僕らの製品を使ってくださるお客様のほうが、本当のプロといえるのである。だからその声に謙虚に耳を傾ける。逆に自分は素人だからこそ、プロが当たり前と思ってやり過ごしているかもしれない不便さに気付ける。この真理を胸に、僕は世界の生活を変えてゆこう。

CAREER PASS

START
浜松製作所にて工場研修。
Honda Carsにて販売店研修。
配属部門にて実務研修。

  • STEP.01

    2009/4~2013/8

    (株)本田技術研究所 パワープロダクツR&Dセンターにて、耕うん機トランスミッションの先行検討を担当。その他にも、乗用芝刈機、耕うん機、除雪機、水ポンプ、ロボット芝刈機など、幅広い製品の研究・開発に携わる。

  • STEP.02

    2013/9~2016/3

    同じくパワープロダクツR&Dセンターにて、国内耕うん機“FG201(プチな)”“F220(こまめ)”のモデルチェンジプロジェクトにおける設計領域PLを担当する。その後、管理機生産移管プロジェクトにおける開発部門プロジェクトリーダー(DPL:ディベロップメント・プロジェクト・リーダー)に。

  • STEP.03

    2016/4~

    タイの研究開発拠点“HRS-T PP”に駐在。アジア・オセアニアの新興国向け刈払機の開発を推進した後、インド・東南アジア・南米諸国をターゲットとする刈払機の開発を牽引。

STAFF