私は走り続ける。
想いとチャレンジの心を
両輪に。

2012年入社
杉浦 慧/KEI SUGIURA

マーケティング

本田技研工業(株) 二輪事業本部 事業企画部 戦略情報課
経済学部 経済経営学科 卒業

迷路の就活。
トンネルの向こうに、
Hondaがいた。

私はごく普通の学生だった。声高に主張できる夢もなく、自分の強みも分からなかった。最初に受けたのは商社・金融系。ある面接で「趣味は何?」と聞かれた。印象付けたかった私は、数ある趣味の中から「バイクに乗ります」と答えた。返ってきた言葉は「女性なのに珍しいですね」。そうか、珍しいのか。乗り物酔いがひどい私には、風を受けて走れるバイクはかけがえのないパートナーだった。バイクに対する認知を変えたい、女性の中でも小柄な自分が乗り続けることで、「私も乗ってみようかな」という人を増やしたい。そんな想いが芽生え、私はHondaを受けたのだった。

面接官は前のめりで想いを聞いてくれた。ところが私は最終面接で失態を演じた。なぜか止めどなく涙が溢れ出し、質問も無視して、一方的にたぎる想いをぶつけてしまったのだ。何でも聞いてくれる会社だからと、全てをさらけ出したくなったのか。明確な夢のない自分が、やはり不安だったのか。「落ちたかな…」と思ったが、内定の通知。Hondaはこう伝えてくれたのかもしれない。「背伸びをせずに話してくれてありがとう。あなたの想いは、そのままで立派な夢ですよ」と。大上段に構える必要はない。本気の想いがあるならば、それを夢と言えばいい。そう自信をもてるようになった私は、「一人でも多くの人にHondaのバイクに乗ってもらいたい」という夢のため、どんな仕事にも全力で挑んでいこうと自分に誓った。

町のバイク屋さんへ、
いざ。

入社3年目、私は国内取扱店への卸販売を担うホンダモーターサイクルジャパン(HMJ)へ出向した。前任者は超優秀な営業マン。しかし負けてなるものか。彼が足を運んでいない町のバイク屋さんを地道に回った。だが、現実は厳しかった。細々と他社のバイクを売るお店へ飛び込んだ時のこと。「Hondaの営業が来た?珍しいこともあるもんだな。記念にコイツを押してやる」とご主人から揶揄され、差し出した名刺に日付スタンプを押された。それでも通い続けた。ある日、他社バイクを修理中のご主人に出くわす。お客様である新聞屋さんの業務用バイクが、何度も同じ症状で壊れているという。

耐久性を高めたHondaの新モデルが発売直後だったので、ご主人に仕入れを提案したが「売れる見込みがないものは買えない」。ならばと私は新聞屋さんに直接会い、カタログを見せて細かいスペック説明をした。けれども新聞屋さんにはそんなことは二の次だった。頑丈か、加速は良いか、荷物はたくさん積めるかといった実用性が現場では全てだったのだ。それに長く慣れ親しんだモデルからの乗り換えは気が進まない様子。でも、絶対に新モデルの方がお客様のために良い。私も諦められず、試乗車を手配して、「しつこいぞ」と逃げる新聞屋さんに乗ってもらった。すると「思ったより、ずっといいかもな」。納得の上、購入していただいた。後日お会いすると「買い換えて良かった。ありがとう」と言ってもらえた。ご主人も「お前の営業っぷり、よかったな。ガッツがあったぞ」と、目を細めてくれた。私は身をもって知った。Hondaのバイクを売る喜びを。

二輪大国、
インドネシアの
市場調査へ。

今の私は、二輪市場のマーケティング業務に就いている。Hondaのマーケティングはただのデスクワークじゃない。私は若手育成施策の一環として、インドネシアのスクーター調査へ赴く機会を得た。調査は現地拠点のスタッフたちが行うが、その手法の共有や意見交換のため、南米・欧州・中国からもスタッフが集まる国際的プロジェクトだった。インドネシアの二輪総市場は約580万台で、Hondaのシェアは約7割。巨大市場の真っ只中に身を置いて、自分の五感で現場を知る大切さを学ぶことが私のテーマだった。

首都ジャカルタに降り立ち、度胆を抜かれたのは行き交うバイクの多さ。ジャカルタでは急速な発展に交通環境整備が追いついていない。凄まじい大渋滞の中、市民の足として大量のバイクが通勤や通学に使われていた。生活の一部どころか、市民生活を丸ごと支えている。Hondaのバイクが背負う社会的使命の大きさを、まざまざと知ると共に、あらためて悟った。どんなに日本で情報を集め、オフィスの中で分析したとしても、ここへ来なきゃ机上論だと。真のニーズは現場でこそ掴める。HMJ出向時に得た気付きと同じだった。この想像を絶する二輪市場の中で、求められているスクーターとは何か?パソコンとにらめっこしているだけじゃ、絶対に分かるはずがなかった。

生涯、
バイクと共に
生きてゆく。

インドネシアで圧倒されたのは、巨大市場の存在だけではない。各国のスタッフの高い熱量に目が覚める思いだった。インドネシアのスタッフは、すでに7割ものシェアを築いているのに更なる高みを目指していた。調査業務だけでも大忙しなのに、他国の仲間から何かいい情報を引き出せないかと奔走していた。南米・欧州・中国のスタッフも、貪欲にノウハウを吸収して自国へ持ち帰ろうと必死だった。私ももっと頑張らなければと発奮した。実は、私は当初、マーケティングを不得手に感じていたのである。資料作成や数字が苦手だったからだ。その苦手意識を最初に退治してくれたのが、百戦錬磨の上司や先輩たちだった。

彼らはいきなり「資料をつくれ」とは言わなかった。「マーケティングは過去の情報から未来を妄想する楽しい仕事だ。そのためのツールとして資料や数字が必要なんだ。ツールを使いこなせるようになると妄想がさらに楽しくなるぞ」と、少し風変わりな指南をしてくれた。おかげで苦手意識は和らぎ、今は面白さすら感じている。他の仕事に就いたとしてもこの知識を応用できるという自信にもなった。だから、今はマーケティングをしているけれど、仕事は何だっていいと思っている。二輪領域であるならば。私の人生の潮目には、いつもバイクの存在があった。いつだってバイクがハッピーをくれた。同じように「バイクがあってよかった」と、一人でも多くの人に思ってもらうため、私はこれからもチャレンジを続けてゆく。

CAREER PASS

START
Honda販売店にて営業研修。
熊本製作所にて工場研修。

  • STEP.01

    2012/10~2014/9

    二輪領域のグローバル広報グループにて、Honda二輪車のグローバルブランド統一を推進し、WEBコンテンツ・商品カタログ等で使用する写真・動画素材等を各国拠点と共有。プライベートではオフロードバイクを始め、レースにも参戦。

  • STEP.02

    2014/10~2016/9

    ホンダモーターサイクルジャパンにて、千葉県内の二輪営業・販売活動を担当。多くの取扱店の皆さんに接し、Hondaへの想いの分厚さを知る。「本田宗一郎さんは偉い人だ。儲け目的じゃなく、人々の生活のためにバイクをつくった。だから私はHondaを売っている」という老舗販売店のご主人の話なども聞き感銘を受ける。

  • STEP.03

    2016/10~

    二輪のメイン市場を中心に商品情報・競合情報・政府動向の情報などを収集・分析し、今後を予測して商品戦略や事業戦略の立案を支援。

STAFF