新人もベテランも関係なし。
主義主張の応酬からこそ、
最高のクルマが生まれる。

2007年入社

"研究開発(四輪)"

田中 宏樹/HIROKI TANAKA

(株)本田技術研究所 四輪R&Dセンター
工学部 電気電子システム工学科 卒業

面接のときから、
自分を主張。

きっと技術屋の多くがそうであるように、僕は幼少時代から乗り物が大好きだった。駆け走る電車の雄姿を見に行ったり。家でミニ四駆を組み立てて走らせたり。モノが動く。機械の塊が走る。その不思議に胸が躍った。当然のように理系へ進み、電気電子系を選び、モノが動く理の解明に明け暮れた。そしてその中である欲望が目覚めてきた。「やっぱり、誰もやれていないことに挑みたいよな。」この欲望は僕の選択の物差しでもある。大学の研究室もコレで決めた。酸化亜鉛を使って透明な電子回路基板をつくるという、当時の最先端をやっていた研究室。自分にはやや毛色の違う分野だったけれど飛び込んだ。「世界初に挑む」という熱が、その研究室から強く感じられたから。

僕がHondaを選んだ理由はすでに述べたようなものだろう。さまざまな“モビリティ”がそこにあること。何より、世界一や世界初の独創をめざす挑戦者でありつづけていること。なあなあでなく妥協ナシでやりたい自分にあうと直感した。就職担当教員も「田中にピッタリすぎる。」と笑っていた。僕にとっての問題は、Hondaで何をやるかだった。挑戦している会社を受けるなら、自分の挑戦テーマをもたなければ。「まずはF1だな。」と決めた。F1は世界一の速さを競う世界最高峰の舞台。最速というシンプルな目標に、純粋に挑むその世界は、技術者として一度は経験したいものだった。結果にこだわる僕には、レースで結果もはっきり出るという点も魅力的に思えた。

Hondaでの面接。F1をやりたいと伝えた僕は、びしびしと突っ込まれた。さすがHonda。本気度や思考の深さを質問してくる。僕も面接官の目を凝視して切り返した。「何でF1を?」という問いには「純粋に世界最速へ挑戦したいから」と。「F1で君に何ができる?」という問いには「エンジンを最大限に生かす電装系開発に挑める。」と。そして「Hondaが優勝するために何が必要?」という問いには、遠慮なく「ライバルチームのように開発体制を2チーム制にしなければ、王者の座を獲るのは難しい」と。自分を主張した結果、念願どおりF1の技術部門へ配属。F1マシンのハイブリッドシステムである“KERS”のモーター開発を担当した。マシンの軽量性とコンパクト設計を守りながら、最高出力性能のモーターをつくる。それはまさに挑戦の一語だった。ところがほどなくHondaのF1一時撤退が決まる。落胆はしなかった。F1だけでHondaを選んだわけじゃない。それに、短い期間ではあっても、ハイブリッドシステムにおけるモーター開発の最先端を学べた。ひとまわりもふたまわりも大きくなった自分を感じながら、僕は次のステージへ進んだ。

100点を出したら、
120点を出すんだ。

僕はその後から現在まで、ハイブリッドカーのパワープラント領域でモーター開発をしている。ハイブリッドシステム“IMA”の開発や、アコード、フィット、RLX、NSXなどの新機種開発に携わってきた。僕の仕事で大事になってくるのが“NVH”というテーマ。Noise/Vibration/Harshnessの観点からクルマの快適性を測る基準だ。特に電子機器にイタズラをする電磁ノイズ、コイツとは格闘の歴史がある。はじまりはフィット担当のとき。RLXチームの主任研究員から声がかかった。「いまの量産前の機種、ラジオにノイズが入ってザザーッとなるんだ。解決してくれ。」チームまたぎの指名。しかもノイズに詳しいわけでもなかった僕への。難題がもち上がるとなぜか呼ばれるのは「あいつは挑戦好きだし結果にこだわる。きっと楽しみながら答えを出す。」と思われているからだろうか。そういうのは、嫌いじゃない。むしろ、大歓迎だ。

まずは事象を解析し、何が起きているのかを系統立てて整理。次に原因の仮説を立てて検証していけばいいと考えた。だが、おいそれとはいかなかった。「どうなってんだ、こりゃ…。」電磁ノイズは目に見えぬ敵。どこから侵入してきて、どんな経路を通って、どう悪さをしているのか。なかなか正体がつかめない。消費電力が大きい電動コンプレッサの電源のせいだろうか?モーターを駆動するインバーターが高電圧・高速でスイッチングする影響だろうか?原因を特定する仮説をすべて並び立て、その一つひとつを解析していく果てしない毎日。気付けば原因究明だけで半年を費やしていた。ようやく解明できたメカニズムは次のとおり。ハイブリッドシステムでは、ブレーキングのエネルギーをモーターで回生して加速に使う。その際などにモーターの軸シャフトに電圧が立つ。それが伝達し、ラジオ受信に作用する。正体を明らかにしたことで、ひとまず前途がひらけた。しかるべき対策を打ち、RLXの新機種は無事に量産に入った。ところが「ふぅ~」と息をつくのも束の間。いかにもHondaらしい話がここからはじまる。

ミーティングで主任研究員がぶちまけた。「田中の功績もあってラジオノイズ問題を解決できた。でも胸をなでおろすな。この技術力をもっと磨いていくぞ。」つまり100点の次は120点をめざせということ。ひと山のぼって満足せず、さらなる高みへ挑むところがHondaらしい。ラジオノイズをより徹底的に退治し、その成果を次の新機種に適用して量産へつなげていくプロジェクトが発足した。ハイブリッドカーはかなりの高電圧で動く。モーターもインバーターも3つずつ付いていたりする。そんな構造の中で120%の答えを出せという。「これはまたとてつもない話だな。」と思っていると、もっと度胆を抜かれる言葉が放たれた。「田中、お前がこのプロジェクトのLPLだ。」ラージ・プロジェクト・リーダー。すなわち最高開発責任者。40代の経験豊富な先輩が務めるPL、LPLはさらにその上。当時の僕は28歳だった。

こだわりとこだわりが、
ぶつかり合う。

「なりふり構わず結果を出すんだ」そんな決意で走り出した。A案、B案、C案、D案…と作戦を立てた。そのいくつかは僕たちパワープラント部門だけでやる案。他のいくつかは他部門も巻き込んでやる案。もちろん後者は骨が折れる道だ。LPLとして選択が迫られた。「これは、要は最高の認証性能を出そうって話だ。総動員体制で挑まなきゃいかん。」僕は、骨が折れる方でやるぞと心を決めた。車体、トランスミッション、インテリアなどのあらゆる技術部門へ協力要請に駆けつけた。特に車体屋さんたちの理解を得るのは一筋縄ではいかなかった。僕は、今回のプロジェクトの鍵の一つはブレーキ部品の付け方にあると考えていた。しかし、会いに行ったベテランのPLからは、当然とも言える反応が返ってきた。「何でだ?ノイズは電気屋の問題だろう!」僕はへこたれなかった。2回、3回、4回と足を運び、PLだけでなくマネージャーにも直談判した。合意を勝ち獲るための奇策などない。ひたすら粘るのみだった。「僕たち電気屋だけでも合格点は出せると思います。でもブレーキ部品の付け方も変えてもらえれば、クルマ1台としての最高の認証性能が出せるはずなんです。」僕はそう愚直に説きつづけた。そのたびに「この部品の付け方は今のままで間違っていない!」と返されたが、決して退却しなかった。

トランスミッション屋さんたちのこだわりも強烈だった。「ドライブシャフトのレイアウトを2ミリだけ変えてくれませんか。」と頼む僕に、「びた一文まけられん!」どこへ行ってもそれぞれの領域のプロフェッショナルだからこそ、こだわりの鉄壁。だけど、僕は心得ていた。そんなこだわりも、僕と同じ「最高のクルマをつくる」という一点を見つめてのことなんだと。やがてその考えの正しさが証明された。車体部門のマネージャーが僕に言う。「お前と俺たちの気持ちは一緒さ。俺たちには俺たちの解があって、すんなり曲げられないだけだ。」やはり心は通じている。そして通じていれば徐々に平行線が交わり出すこと、これもHondaという会社の常なんだ。このプロジェクトでもそうだった。「あの部品、上とか下じゃなく横に付けてみるとするか。お前がLPLだしな。」と、車体部門のマネージャーが僕に笑った。これが分水嶺となり状況が好転。“120点”をグッと手元へ引き寄せることができた。

「田中、長かったな。1年以上かかったか。」「悩みまくりの連続でした。」「だから俺たち車体屋の門を叩きに来たんだろ。正解だったな。一緒にやることで最高の認証性能を出せたんだから、俺たちも嬉しく思ってる。お前が粘ってくれたことに感謝するよ。“最高”をめざすお前のひたむきさがなければ、俺たちはきっと考えを変えなかった。」そのように言ってくれた車体部門のマネージャーと祝杯を交わしながら、僕はこのLPL経験を回顧した。たくさんの部門と向き合うことで、クルマ1台をつくるための知見を広く吸収できた。「主義主張の応酬でクルマをより良くしていこうぜ」という空気が、Hondaに行きわたっていることを再認識した。Hondaは誰の主張にも真剣に応えてくれる。もちろんよくぶつかる。でも、真の独創は、ぶつかりあいの中でこそ生まれるんだ。その独創への挑戦を、僕はいつかクルマ1台丸ごとつくることで成し遂げてみたい。実は憧れのLPLがいる。「そんなモーターじゃだめだ。俺がつくりたいクルマはこうなんだ!」と妥協ゼロで攻めてくる人。譲らないその頑固一徹っぷりが、僕にはたまらなくカッコイイ。その人のような、新車開発の全体を指揮するLPLになるのが今の僕の目標だ。