働くことを楽しめない
エンジニアに、
生活に役立つチカラは
つくり出せない。

2006年入社

"研究開発(パワープロダクツ)"

小東 賢太/KENTA KOHIGASHI

(株)本田技術研究所 パワープロダクツR&Dセンター
工学部 物理工学科 卒業

なにをつくるか”より、
“どう働くか”に
こだわりたい。

ヒーローものを観ながら、「主人公のようになりたい」とは思わない。「主人公が乗っている“あのバイク”をつくりたい」とは思う。僕はそんな少年だった。大学に通いはじめて手に入れた初の愛車は“GB250クラブマン”。単気筒独特の鼓動も好きだったけれど、何よりHondaのバイクが好きだった。それは、創業者である宗一郎さんの影響かもしれない。自伝を読みながら目に留まった言葉がある。「まず自分のために働け」だ。こうなりたいという希望に燃え、一生懸命働くことが、同時に会社の、そして社会のプラスになる。僕の仕事観にグサッと刺さった。そして、自分なりに解釈するとそれは、「楽しまなきゃ損」だった。毎日毎日図面を引きながら、大好きなバイクの設計をする。それが、Hondaに入社する前の僕にとって、何よりも楽しめそうなことだった。

新人研修の1週間目。どんな開発が行われているのか、学ぶプログラムがあった。講師は、各部門の先輩研究員。四輪部門、二輪部門。そして、パワープロダクツ部門の話を聞いたときだった。「一台丸ごと、ぜんぶ見れるところが魅力です」パワープロダクツ部門では、エンジンだけでもなく、ボディだけでもなく、一人で設計を担当する守備範囲が広いのだ。そして、次の特徴を聞いて、気持ちは完全に傾いた。「それと、パワープロダクツではさまざまな製品に関われるので楽しいです。発電機、耕うん機、除雪機、芝刈り機、船外機、家庭用ガスエンジン・・・」飽きることは、きっとない。しかも、「これ、ぜんぶ僕がやりました」と言える充足感がある。僕は思った。エンジニアを楽しむためにも、二輪という“製品”ではなく、パワープロダクツで“働き方”にこだわりたいと。

念願かなって、配属されたパワープロダクツ研究開発。実際、いろんな汎用製品の設計を手掛けてきた。水ポンプに芝刈り機、耕うん機に除雪機もやった。たとえば水ポンプは、どんな状況下でも年中動きつづけることが求められる。一方で除雪機は、最大マイナス25℃という環境で使われる。使用する目的も、おかれる条件も、求められる品質も、まるで世界が違う。つまり毎回毎回、違うチャレンジができる。エンジニア冥利に尽きることで、やりがいには事欠かなかった。そんな僕に、大きな転機が訪れたのは入社6年目。ちょうど当時担当していた乗用芝刈機の設計を終えようとしていた頃。開発部門の一員だった自分に言い渡されたのは、予測不能のチャレンジだった。

「ぜんぶやりたい」
という僕に、
「じゃあやってみろ」
と迫るHonda。

デスクで仕事をしていた僕の背後で、上司が立ち止まりこう言った。「そういえばさあ、こんど大型除雪機のLPLやってもらうから。よろしく」宴会の幹事やってくれ、に近い軽いノリ。最初は聞き間違えかと思った。「なにPLですか?」「だから、LPLだよ。とりあえず開発の準備をはじめてくれ」LPLとは、ラージ・プロジェクト・リーダー。営業部門、生産部門、開発部門のPLに指示を出し、機種開発全体をまとめ上げていく総責任者だ。それをやれということは、「総勢数百人におよぶチームメンバーを仕切れ」という意味でもあった。ちなみに僕は、開発部門内の設計部のPLすらやったことがなかった。一足飛びの辞令。度が過ぎるサプライズだった。「なんで自分が?」と口から一瞬出そうになった。ただ、時間が経つにつれ、僕は心の中でニヤニヤしはじめた。「これ、ぜんぶ僕がやりました」そう胸を張って言える絶好のチャンス。ボルテージは次第に上がっていった。とはいえ、わからないことだらけ。最初にとった行動は、ヒアリングだった。「先輩。LPLって、何から手を付ければいいんですかね?」

小型や中型は経験があった。ただ、最大投雪距離26m、最大除雪量140t/hの性能をもつ大型除雪機は、触ったことすらなかった。というのも、開発自体が行われていなかったからだ。僕が託されたのは、“十数年ぶりのフルモデルチェンジ”だった。当時Hondaの国内シェアは、小型や中型では70%近かったが、大型は10%程度。各メーカーによる群雄割拠状態がつづいていた。「自社他社問わず、まずは“知る”ところからはじめないとな」わずか数人の開発準備チーム。僕たちは大型除雪機を集められるだけ集め、日本有数の豪雪地帯へと向かった。新潟、福島、北海道・・・。大雪で頻繁に閉鎖されるスキー場などを探してテストを行い、近くに一軒家を借りての合宿生活。どんなモデルチェンジがふさわしいのか、分析と検討を重ねていった。「他社さん、けっこう頑張ってるなぁ」「ウチの大型、ココが負けてますねぇ」「どんな機能があると喜んでもらえるんだろう・・・」一晩明けて外へ出ると、除雪機を積んだトラックが雪で埋まり、脱出するために除雪車を借りてくる・・・なんてこともざらだった。

プロジェクトが動きはじめて、僕は“3つの目玉”を盛り込むことにした。1つ目は“フレーム&デザイン”の刷新。強度とつくりやすさを向上させ、いつまでも色褪せない除雪機にしたかった。2つ目は“FI(フューエルインジェクション)”の採用だ。電子制御で燃料を噴射するガソリンエンジン式除雪機は、完成すれば世界初。燃費も従来の機種に比べて約15%アップする。低温下でのスムーズな始動が可能になり、燃料コックやチョークを操作する煩わしさからも解放される。そして、最大の目玉が“オーガアシスト機能”だった。傾斜のある路面や柔らかい雪上では、除雪中にボディが上下左右に変化する。そのときのオーガ(雪の掻き込み部)操作を、使う人に頼らず“自らコントロールする”世界初の制御機能。除雪機の“知能化”だ。これがあれば、高く積もった雪を崩す段切り作業でも、熟練した操作技術が不要になる。経験がないと、除雪後の路面がガタガタになるのだ。歩けば転倒する危険もある。使う人の苦労を減らしたかった。これらの目玉によって、シェアを30%まで引き上げること。これをフルモデルチェンジ最大のミッションとした。

やりたいのは、
喜んでもらい、
売りやすくて、
つくりやすい
モノづくり。

開発指示書が発行され、各部門が動き出した。ただ、開発に使える期限は刻々と迫っていた。理想を追い求めた無謀なプラン。僕は理解を求め、調整をはかっていった。「史上最高の大型除雪機にしよう」という想いは、営業も製造も開発も同じ。しかし、事情はさまざまだ。「できるだけ安く、一日も早く販売したい」と訴える営業部門。「できるだけつくりやすく、品質管理を容易にしたい」と訴える製造部門。「できるだけハードルの高い技術に挑戦したい」と訴える開発部門。いかに意向を汲み取っていくか。LPLの腕の見せ所だが、自分の中で収拾がつかなくなっていた。「設計以外は専門外の自分が、どこまで口を出していいものか・・・」悩んだあげく、LPLを何度も経験してきた大先輩のもとへ、アドバイスを求めに行った。すると、返事はこうだった。「ぜんぶおまえが決めればいいんだよ。心配するな。除雪機が1台コケてもHondaは潰れん。ハッハッハー!」僕は自分が“恐れていた”ことに気づいた。“評価される”かどうかは、世に出してみないとわからない。自分の中のゴールを、思い切って“やり遂げる”ことに切り換えた。

すべての意向を汲み取ろうとすれば、主張がぶつかり合うだけで、先へは進めない。そこで僕は、Q(クオリティ)とC(コスト)とD(デリバリー)の優先順位を決めた。結論は、D>C>Q。部品生産の都合で、旧モデルは生産の打ち切りが決まっていた。雪が降り出す前に、お客様に届ける除雪機がなかったら大変だ。それは、生活必需品。外へも出られなくなり、生死を彷徨うことにもなりかねない。“納期”こそ最優先。その中で“安く”つくる方法を探り、さらにその中で“品質”を追求する。この方針を、僕はプロジェクトに関わる全スタッフに伝え、徹底していった。数えきれないほどのトラブルを乗り越え、新型の大型除雪機“HSL2511”の開発は完了し、量産準備に入った。生産スタートに先立って、全国を駆け回ってくれていた営業部門から、1本の電話が入る。「小東くん。まだ5月だけど、今年の生産分は完売したよ。工場には部品すらないのにな」さらにうれしい出来事もあった。「新しい除雪機を心待ちにしていました」お客様から販売店に届いたその手紙には、感謝や評価の言葉が綴られていた。

シェアが30%に到達したかどうかは、ひと冬越してみないとわからない。ただ、雪が降れば降るほど、僕たちの目玉は支持してもらえると信じている。より良い雪国生活が送れるように、この大型除雪機を次のフルモデルチェンジまで見守っていきたい。目標の販売台数が売り切れたことで、LPLの責任はなんとか果たせたと思う。やり遂げられたのは、僕と一緒に歩んできてくれた全メンバーのおかげだ。一つの汎用製品をお客様に届けるために、どんな仲間が、どんな役割で、どんな活躍をしているのか。知ることができたのは大きい。LPLをやる前は、「どう設計するか」をひたすら考えてきた。でも今は、「どうすればお客様に喜んでもらい、売りやすく、つくりやすいモノになるか」と考えるようになった。設計という領域から外に出て、視野はとてつもなく広がった。ちなみに今担当しているのは、数年先に出す予定の新機種だ。開発部門のプロジェクトリーダー“DPL”を務めている。LPLになったら、ずっとLPLをやるわけでもない。そこがHondaのいいところだと思う。「楽しまなきゃ損」のスタンスは、これからも貫いていけそうだ。