PROJECT STORY

Driving the Edge

"Electrification"

電動化の推進

電動化で、未来を動かせ。

A00

Blue Skies for Our Children(子供たちに青空を)の為に、
四輪車の電動化技術を飛躍的に向上させる。

STAFF

山本 隆行

TAKAYUKI YAMAMOTO

(株)本田技術研究所 四輪R&Dセンター 主任研究員
2000年入社 工学部 電気工学科 卒業
◎入社後、4ヶ月の研修を経て(株)本田技術研究所 四輪R&Dセンターに配属。初代シビックハイブリッドのコントロールユニットやセンサーを設計。その後、PL(プロジェクトリーダー:機種開発担当者)として次世代型ハイブリッドシステム研究を手がけ、システム設計領域のリーダーも経験。◎2010年、LPL(ラージプロジェクトリーダー:開発責任者)として次世代型BMS(バッテリーマネジメントシステム)の研究開発に従事。◎2013年、電動パワートレインの開発及び技術戦略を担当。◎2017年より、グローバルマーケットにおけるEV戦略を統括。

STORY

文句を言われない車を。

SCENE01

CO2ゼロ社会の実現。この壮大なテーマのもと、「2030年、グローバルで販売される四輪車の3分の2を電動化へ」という方向性を打ち出したHonda。そんな中、山本が統括として手がけているのが、EV(電気自動車)の戦略統括だ。メインマーケットである北米や中国を注視しつつ、世界のどこに、どんな車種を開発し、いつ投入すべきか、そこに必要な技術アイテムは何かを描いていく。とりわけ中国は、自動車販売全体におけるEVのシェアがすでに2.2%と、北米や欧州に比べても抜きん出ている重要な市場。一方で、EVの使われ方の実態についてはまだまだ情報が足りない。現地からレポートを取り寄せることも勿論だが、いざとなれば自分の目で確かめるために山本は海を越える。現場、現物、現実を最重要視する「三現主義」。Hondaに脈々と受け継がれるその哲学が、先進的な取り組みにおいてこそ大きな力を発揮することを、経験をもって知っているからだ。

2010年。山本は、シビックハイブリッドに搭載される次世代型BMS(バッテリーマネジメントシステム)の開発リーダーを務めていた。Hondaのハイブリッド車として、初めてリチウムイオン電池を採用。従来のニッケル水素電池に比べて高出力だが、制御が難しいため発火などの危険性も高まる。それゆえ、Hondaはもとより世界中のどの自動車メーカーでも、大量生産となるハイブリッド車への適用に踏み切れていなかった。そうした中、Hondaが命題とするハイレベルな安全性を実現しながら成功へと導く。それが山本に託されたミッションだ。

山本の鼻息は荒かった。というのも、山本の入社動機は「文句を言われない車をつくる」こと。車というプロダクトは社会的影響力の大きさゆえ、時に厳しい批判にさらされる。筋金入りの車好きだった山本少年は、それが悔しくて仕方なかった。ハイブリッド車を進化させるこのミッションは、環境対応という点でまさに「文句を言われない車」への大いなる前進。おまけにリチウムイオン電池には、個人的な因縁もある。学生時代、山本はオーストラリアで開催されたソーラーカーレースに参加して好成績を収めた。その時、使用したかったがやはり扱いの難しさゆえに諦めたのが、リチウムイオン電池だったのだ。まさに巡り合わせのような仕事ではないか。

責任より、技術を話そう。

SCENE02

とはいえ、ことは簡単には運ばなかった。なにしろ、技術もシステムも、コンポーネントの一つひとつまで新しく生み出さなければならないのだ。蓄積されたノウハウがない以上、山本が自分自身で確立していくしかない。果てしないトライ&エラー。

「また止まったぞ。いいかげんにしてくれよ!」テストドライバーからたびたび入る怒りの電話に、山本は悩まされていた。試験走行中、BMSが異常を検知して車を止める。ところが、調べてみてもリチウムイオン電池には問題がない。ということは、BMSの誤作動。「原因はいったい何だ」。しらみつぶしに追いかけた結果、半導体で熱暴走が起きていることまでは突き止めた。さっそく、北米にある半導体のサプライヤーに問い合わせ、原因究明を依頼する。返ってきたのは「組み付け時に静電気による過負荷がかかったのではないか」という答え。半導体そのものではなく、のちの工程に問題があったという主張だ。十分にありえる話だが、山本は即座にそれを否定する。「組み付けの現場なら知っている。あの品質管理体制で、半導体に静電気が当たるようなトラブルが起こるはずがない」。自分の目で確かめていたからこそ、言い切れた。

切羽詰まった山本は、自ら再現実験まで始めた。半導体の専門書をめくりながら、普段は手にすることのない、はんだごてを使ってわざと熱暴走を起こす。その結果、やはり半導体に問題があるという仮説を導き出した。あとはこの仮説をサプライヤー側に実証してもらい、対策を講じればいい。ところが、なぜかサプライヤーの腰が重い。山本がせっつくと、「このような問題はわれわれとしても初めてだ。おそらく数億個にひとつ、起きるか起きないかというレベルだろう。今回は運が悪かったが、二度とないはずだ」と伝えてきた。

警戒されている、と山本は感じた。仮説の実証によって何らかのミスが明るみに出れば、Hondaはきっと責任を追及してくるはずだ─サプライヤーはそう思い込み、幕引きを図っているのだ。もちろん、それは山本の、そしてHondaの本意ではない。お互いの技術を結集させて不具合をなくし、安全な車を作れたならそれでいい。「責任ではなく、技術の話をしよう」。大声で叫びたかったが、海の向こうへは届かない。ならば、会って話すしかない。

現場、現物、現実で。

SCENE03

サンフランシスコ、シリコンバレー。山本を出迎えたのは、サプライヤー側のヴァイスプレジデントを始めとする面々。彼らはまるで疑いを晴らそうとするかのように、自社の製造環境がいかに完璧かを語り始めた。気持ちはわかるが、そんな話をはるばる聞きに来たのではない。「誰の責任かなんてどうでもいい。立場の違いだって関係ない。技術の前にはみんな平等だ。自分はただ、この問題を協力して解決したいだけだ」。英語は不得意だったが、身ぶり手ぶりを交えて懸命に訴えた。彼らの表情が、少し和らいだように見えた。翌日、山本はサプライヤーの聖域ともいえる製造現場へ案内された。その場で、3ロット分の半導体に対する全数調査と、徹底した原因究明が約束された。

やがてもたらされた調査結果に、山本は呆然とする。分かったのは、半導体の絶縁層が規格より薄くなっていたこと。製造プロセスで使用する薬品が、予想外の場所にほんのわずか飛び散ったためだった。単純といえばあまりにも単純な原因。だがそれが、試験車を停止させてしまうほどの誤作動を引き起こす。車づくりの繊細さを、山本はあらためて思い知らされた。

2011年、山本のBMSを搭載したシビックハイブリッドが遂に北米デビュー。日米のメディアは、リチウムイオン電池の安全な制御を成し遂げたHondaの快挙をこぞって取り上げた。この後、自動車業界でのリチウムイオン電池の量産車採用は広がり、またHondaが達成した高い安全性能は、各社が追随する新しい物差しとなった。現場で、現物で、現実をまっすぐに捉えて。「三現主義」の化身のように執念を燃やした山本が、ハイブリッド車の歴史にマイルストーンを築いた瞬間だった。

無限の可能性に向かって。

SCENE04

車の電動化とは、すなわち環境対応である。それがこの時代の認識だ。山本自身も、「Blue Skies for Our Children(子供たちに青空を)」という大きな意義を感じながらプロジェクトに打ち込んできた。それでは、環境対応の先には何があるのだろう。人々の生活の可能性を拡げるために、EVには何ができるのだろうか。グローバル戦略を描きつつ、山本はさらに先の未来へと思いを馳せている。いずれ自動運転が主流になれば、たとえば家族にとって、車は会話を楽しむための空間になるかもしれない。その時、言葉をしっかり届けるための静粛性を、EVなら生み出すことができる。「文句を言われない車」。山本がかつて志していたのは、いわばネガティブをつぶしていく車づくりだった。これからはそのフェーズを超えて、ポジティブさをプラスする新しい車づくりへ。

自動車業界はいま、かつてない激変の真っ只中にある。どのように技術が進化し、どんな車づくりが求められていくのか、ほんの数年後でさえ予測しきることは難しい。その中でも進むべき道を見定め、かつてない何かに向かって突き進んでいくために。賢いHondaより、熱いHondaであるべきだと山本は思う。足を使って外に飛び出し、がむしゃらにもがきながら挑戦したいと思う。FCV(燃料電池自動車)のLPLを務めた恩師が、「そんな完璧なものじゃねえだろうがよ、まだFCVなんか」、と話すのを聞いたことがある。出来ない理由を探すのではなく、どうすれば出来るようになるかを考える。無限の可能性に向かってこう言いながら走り続けよう。「まだ、EVなんか」。