PROJECT STORY

Driving the Edge

"AI for Mobility"

モビリティの知能化

革新の最前線を駆け抜ける。

A00

ブレイクスルーを起こす研究を、製品へつなげる
未来をちょっと良くするのではなく、劇的に良くする

STAFF

武田 政宣

MASANORI TAKEDA

(株)本田技術研究所 四輪R&Dセンター 主任研究員
2001年入社 情報システム学専攻 修了
◎入社後、ロボット領域における基礎研究に従事。知能化技術による2足歩行ロボット運動制御の基礎研究プロジェクトを進め、2008年からLPLを務める。◎2013年、四輪領域へ異動。自動運転の要素技術研究プロジェクトにおける制御系ソフトウェア領域のPLを務める。2015年、制御系ソフトウェアチームを統率しながら、自動運転公道実証実験の運営を推進。その後、製品化に向けた高速道路自動運転制御開発プロジェクトのLPL代行(※取材当時)を務める。

STORY

押されても倒れない、しなやかなロボット。

SCENE01

2001年入社の武田は、大好きなロボットと10年間を共に過ごした。その大半をかけて挑んだ研究プロジェクトがある。“渋谷のスクランブル交差点を渡り切れるような、押されても倒れない2足歩行ロボット”。高度な人工知能技術を適用しながら、その運動制御に忘我した。転倒してしまうという、2足歩行ロボットの最大の弱点を克服する挑戦であり、人間が生活する実環境で行動する実ロボットづくりへの挑戦でもあった。

まずは平坦な路面上での歩行・走行など、基本的な運動性能を最大化し、次いで複雑な傾斜路面などにおける自在な行動を生成した。さらに、とっさに障害物が出てきてもリアルタイムでよけられるような行動最適化の段階へ移った。そしてやがてLPL(ラージ・プロジェクト・リーダー:開発責任者)として、押されても倒れずに目的地までたどり着くロボットの開発を率いた。押されたらケンケン歩きをしてバランスをとり、こらえるという離れ業をするロボットであった。初期段階の実験でこの動作を実現した時、「これはきっと世界初だぞ!」と仲間たちと歓声を上げたが、彼らはそれまでの過程で大きなターニングポイントを通過していた。たとえ超並列PCであっても演算処理に限界があることを確信し、知能化のコア技術である機械学習の領野へ踏み込んでいたのだ。

「このまま研究を続ければ、スクランブル交差点だけでなく、険しい山道でも瓦礫の道でも、転ばずに進むロボットにできるはずだ」と武田は考えた。ところがある日、上司から思わぬ声が掛かる。「四輪領域を頼みたい」。自動運転の要素技術研究プロジェクト、その制御系ソフトウェア領域のPL(プロジェクト・リーダー)になってほしいという話だった。志半ばだっただけに後ろ髪を引かれたが、クルマの自動運転化は人類の未来を劇的に変える大革新になる。事故回避、渋滞・環境負荷の低減、高齢者・移動困難者の方々の移動支援など、社会的意義の大きさは計り知れない。武田は機械学習などの知能化技術を活用することで、状況変化に素早く反応し、臨機応変に適応するロボットの行動計画技術を研究してきた。自分が培ってきたこの知見で、クルマの世界へ挑んでみようと意を決した。

高速道路を走り、自動運転実現に向けて発進せよ。

SCENE02

クルマの自動運転技術の裾野は広い。道路状況や他の車両・障害物などの走路環境の認識技術、GPSやデジタル地図によってクルマが自分自身の現在位置を認識するローカライゼーション技術、これらの認識結果から目的地までの最適経路を導くパスプランニング技術、安全・安心・快適な移動を実現する車両制御技術、武田はこれらの広大な領域をまたぎながら、人による運転に対して遜色ない自動運転を実現するための要素技術を研究していった。それはまさに自動運転の屋台骨をつくっていく挑戦といえた。

四輪技術者たちと出会い、武田が深く感じ入ったことがある。安全性の実現のためには1ミリたりとも妥協せず、技術者のひとりよがりでなく常にお客様を起点に開発を進める姿勢だ。誰もが“安全に・快適に乗ってもらえてこそクルマ”と考えている。また、そうであるがゆえに“商品として実用化できてこそ一人前だ”という哲学がある。基礎研究に軸足を置いていた武田は、視座がひとつ高まる思いがした。そして、その試金石となるプロジェクトが、やがて始まることになった。2015年の10月末から11月初旬にかけて、自動運転公道実証実験の開催をめざすことが決まったのだ。一般道での自動運転走行に、ゲストを迎えて試乗していただくデモンストレーションである。

その開催会場は東京都江東区のお台場。複数回のデモを実施し(※注1)、豊洲~葛西間の首都高速道路を自動運転で走る。武田は実験車の制御系ソフトウェアチームを取りまとめながら、万全な準備と運営の推進役として臨む。Hondaは過去にも自動運転技術のデモを行っていたが、日本の高速道路での走行デモは今回が初であり、皆の意気込みも強かった。しかしこのデモはHondaの技術を誇ることが目的ではなく、次のような基本方針がプロジェクトメンバーに共有された。「Hondaの目的は技術自体でなく、安全なクルマ社会をつくることにある。その実現のために自動運転技術を磨いているのだということ、そしてその技術は今ここまで来ているということを誇張せず正確に伝えるために、このデモを行う」。

安全な交通社会の実現をめざして

SCENE03

武田たちはやがて合宿生活に入った。試乗用実験車の安全性を徹底的にチェックしなければならない。障害物の誤検知はないか、前走車の未検知による過剰接近はないか、正しい自車位置認識で正しいカーブの曲がり方をしているかなど、テストにテストを重ねた。会場近くのサテライトオフィスでは、毎日のように白熱の徹底討議が繰り広げられた。お世辞にも広いとはいえないオフィスに熱気が充満し、武田は学生時代の部室を思い出した。

2015年10月30日、デモ走行の初日。会場には“レジェンド”を改造したハイブリッド式の実験車が並んでいた。ステレオカメラ・単眼カメラ・6つのミリ波レーダー・6つの赤外線レーザースキャナーなどのセンサーが搭載されている。いよいよ本番。武田は実験車の1台を担当し、多くの試乗者を迎えて説明員として同乗した。

市街地では通常の運転で走り、首都高速道路の豊洲インターに入る。料金所を抜けてステアリングのスイッチを押すと、「自動運転を開始します」という音声。GPS・デジタル地図・センサー系からの情報によって自車位置を認識して走り出すと、再び「本線に合流します」と音声が流れた。クルマの流れに沿って自動で合流し、次の車線変更も滑らかに行う。交通状況に合わせて前方車との距離を最適に保ち、やがて葛西出口への分岐も自動走行で完了した。「これはすごい!」と拍手する方や、「トランクに人が乗って運転してるんじゃないの?」と言いながら称賛する方もいて、武田の頬もやっとゆるんだ。

その後、11月のデモも同じように成功を収め、Hondaの社内では実用化への気運が一気に高まった。高速道路自動運転制御開発プロジェクトのLPL代行(※取材当時)となった武田も、実用化に向けた開発への手ごたえを感じている。「しかし」と彼は同時に思う。「本当の正念場はこれからなんだ」と。例えばいっそうの安全性向上のためのシステムの具現化や、さらなる知能化技術活用に向けた開発など、やるべきことは山ほどある。しかもその多くが誰も経験していないことばかりだ。Hondaは2020年頃を目途に高速道路での自動運転の実用化をめざしている。すぐ目の前にある、劇的に変わっているはずの未来。そこを見つめて武田は、一気呵成に駆け続ける。

※注1:2015年10月30日実施のデモ走行は、日本で開催された“戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)”の国際会議期間に合わせ、海外の有識者やジャーナリスト等も招いた。同年11月3日実施のデモ走行は、“東京モーターショー”の開催期間に合わせ、大臣や各省庁の関係者、報道関係者等を招いた。