PROJECT STORY

Driving the Edge

"Moto GP"

2016年型MotoGPワークスマシンの開発

常勝への近道はない。

A00

世界最高峰の
二輪モータースポーツで

タイトルを奪還し、
Hondaの技術と

チャレンジスピリットを
世界へ伝える

STAFF

佐藤 辰

SHIN SATO

(株)ホンダ・レーシング 主任研究員
1999年入社 工学部 機械工学科 卒業
◎入社後、二輪の車体設計に従事。CBR600シリーズ等の市販車機種を担当し、市販車バイク国際レース“スーパースポーツ選手権”の機種開発も担当(600ccクラス)。◎2003年、レース専門の開発部署へ異動し、MotoGPのワークスマシン車体設計に従事。2016年型MotoGPワークスマシン開発からLPLを務める。

STORY

2つの“最終戦”。

SCENE01

2016年11月13日、Hondaが栄冠を取り戻した。二輪モータースポーツの最高峰“MotoGP”。その2016年シーズン最終戦となるバレンシアGPで、最高峰クラス通算22回目となるコンストラクターズタイトルを獲得した。佐藤は胸をなでおろした。2016年型ワークスマシン(※注1)開発のLPL(ラージ・プロジェクト・リーダー:開発責任者)として。そして、1年前のことを思い出して。

2015年11月8日、場所は同じバレンシアのサーキット。佐藤は厳しい現実に向き合っていた。ライバルチームに敗退し、タイトルを防衛することができなかった。その現実にしばし、立ちすくんだ。しかしすぐに気を引き締め直す。「負けたということに、負けてはいけない。大事なのはこれからどうするかだ」と。2016年シーズンへの戦いは、その瞬間から始まっているといえた。このままバレンシアに滞在し、2016年型の新しいマシン開発に向けた走行テストに入る。次いで月末には同じスペインのへレスでテストを行い、翌年2月のマレーシア、オーストラリア、カタールでのテストが終われば、3月20日には開幕だ。(※注2)

2016年型ワークスマシンの開発チームはエンジン/車体/電装/制御/燃料系の領域ごとに、PL(プロジェクト・リーダー)と開発メンバーがいる重厚な布陣だ。新機能エンジンの開発が進む一方で、達成すべきメインテーマも見えていた。Hondaの強みである減速性能は確保しつつ、加速性能を高めていくこと。しかし佐藤たちの前には、固く厚い壁が立ちはだかっていた。2つの大きなレギュレーション(規制)変更があったのだ。1つ目は、全チームに制御ソフトウェアが共通化されること。2つ目は、使用できるタイヤの供給メーカーが変わること。従来に比べても非常に大きな変更であった。未知の条件下で加速性能をいかに高めるか、それが鍵となっていく。タイヤの問題は、タイヤを靴に置き換えて考えればイメージしやすい。それまでの佐藤たちは、日本人の足の幅、形に合う靴を履いてきた。ところが「明日からこの欧州人向けの靴を履いてください」となった。幅が狭く、今までの靴とは違う。靴下を薄いものに変え、様々な素材を試し、やがて歩き方自体も変えなければならない。靴=タイヤが変わることで、それまでの動作=マシンの走りを再現させるのが難しくなったのだ。

粘り強さと団結力で挑む。

SCENE02

一方の制御ソフトウェア共通化は、自前のソフトウェアが使えずに、細かいつくり込みができなくなることを意味していた。制御ソフトウェアはマシンの加速・減速・車体挙動を最適にコントロールする役割を果たす。地に接するタイヤと制御系の変更・制約は、加減速性能に大きく影響してくるのだ。佐藤たちは迷路に入り込んだ。11月末にへレスでテストを終えた頃は、皆で一杯やっても酔えなかった。愚痴や弱音は絶対に出ないが、八方塞がりでチームに閉塞感が漂っていた。佐藤は「とにかく場当たり的にやるのはよそう。一歩引いて、問題の本質は何かを捉えるんだ。技術屋の原点に立ち戻ろう。」と皆に伝えた。

誰もがへこたれずに創意工夫を試みた。中でも制御チームの粘り強さには脱帽した。厳しい制約条件の中でも突き詰めて考え続け、解決のための仮説案を続々と出し、テストによる検証を繰り返してくれた。また、各領域のメンバーがセクショナリズムに陥らず、常にマシン全体の性能に目を向けていた。自領域に留まらずに他領域にも意見を伝え合い、お互いが真摯に受け止め、議論に議論を重ねていた。タイヤに関してもそうだった。「このタイヤの場合、今までと違ったアプローチをするべきではないか」「確かに考え方から変える必要があるかもな」。マシンは全ての部分がつながっている。タイヤの問題も、制御系の問題も、マシン全体の視点から検討していく必要がある。トライ&エラーを繰り返してはデータを解析し、加速性能向上につながりそうな“対策弾”を投入していった。

2016年シーズン開幕の前月となる2月。マレーシアでのテストでわずかに性能が上がり、次のオーストラリアのテストではさらに上がった。しかしこのオーストラリアでは、予期せぬ事態も迎えた。テスト走行を終えたライダー側から「次の最終テストでは昨シーズンのエンジンを試してみたい」という要望があったのだ。「現在のマシンの状況で加速性能を上げるには、逆に以前のエンジンのほうがフィットするのではないか」と思っての意見だった。ライダーが満足して乗れるマシンにすることは、開発者にとって大前提である。加速性能がなかなか上がらないため、マシンへの不信感を持たせてしまっている自分たちに、開発チームは歯がゆさを感じた。

一歩一歩、その先へ。

SCENE03

カタールで実際に最終テストを行った結果、エンジンはやはり新仕様のものでいこうとなった。佐藤やエンジンチームは「やってきたことは間違っていなかった」と自信を深めたが、加速性能を高めるための問題は山積みだった。開幕を目前に走行データやテスト測定データの解析に明け暮れ、加速性能に関わる要因をことごとく洗い出す。事象の完全理解のために議論を繰り返し、その上で新たな“対策弾”の投入を加速させた。その1つが“ウィング”(※注3)である。翼状のウィングの空力特性を利用し、ダウンフォースを得る手法を取り入れることで、加速時のウィリーを抑えたのだ。これが奏効した。このウィングは開幕後も計10種類以上つくり、サーキットの特性ごとに工夫を凝らしたことで、加速性能向上に効力を発揮した。

2016年3月20日、いよいよシーズンの幕が上がった。初戦の結果は3位だった。表彰台とはいえ、もちろん満足なんてできない。第2戦・第3戦では優勝を飾ったが、常にその先・その先を見据えて性能向上に全力を挙げた。依然としてタイヤの問題にも悩まされ続けた。「タイヤの気持ちが分かるようになりたい」と、佐藤は真剣に思うようになっていた。 シーズンに入ったからといって、楽になることなどあり得ない。むしろ逆といってよかった。毎週のようにレースがやってくる速いサイクルの中で、時には現地へ飛んで、性能向上に全力を尽くした。勝利を収めたレースの翌日に顔を合わせても、開発チームは誰も弛緩した笑顔など見せない。それはホームの日本GPで、ライダータイトルを獲得した時でさえそうだった。

MotoGP2016年シーズン、佐藤は望んでいた結果を出した。けれども彼はその結果が、自分たちレース関係者のためだけにあるとは思っていない。佐藤には、折に触れてよく想い出す話がある。アフリカの奥地へ市場調査に行ったという量産バイク営業担当者の話だ。「僕が行った地域では、ロバがバイクの強力な競合です。佐藤さんには絶対に勝ち続けてほしい。レースで勝ち続ければ、Hondaの名前と技術の凄さが知られ、きっといつかロバに勝てる」。佐藤にとってレースとは、Hondaの全事業の想いを背負って立つものだ。レースの彼方に、レースよりも大きなものを見据えて、常勝だけをめざして戦い抜く。

※注1:マシン名は“RC213V”。
※注2:ここでの“テスト”は全て、MotoGPが開催される本戦用サーキットでのテストのこと。MotoGPを戦うライダーが新型マシンを検証する。12月~翌1月中までは規定によりライダーによるテストが禁止されている。
※注3:マシン前方に装着される、左右に広がる翼状の空力アイテム。