PROJECT STORY

Driving the Edge

"NSX"

新型NSXの日本地域マーケティング

夢を追い続けるHondaの意志を、日本に。

A00

NSXを世の中へ出す=Hondaの夢を実現することで、
全ての人々をワクワクさせる

STAFF

道下 陽介

YOSUKE MICHISHITA

本田技研工業(株) 日本本部 営業企画部 商品ブランド室 主任
2004年入社 経済学部 経済学科 卒業
◎入社後、地域事業企画室にて事業管理業務に従事。◎2008年、商品企画部門へ異動し、フリード・オデッセイ・CR-Z・シビックTypeR等の機種を担当。◎2010~2013年、HondaCars大阪堺西店へ営業出向。◎2015年4月、新型NSXの日本地域マーケティング領域を担当し、日本地域S-PLに就任。商品企画~セールスプロモーション~日米の生産・販売システム連携~輸入・販売体制構築等を牽引すると共に、展示イベント・新聞広告・WEB動画等の宣伝企画業務も推進。

STORY

Hondaには、2つの志がある。

SCENE01

「これは覚悟が必要だ……」。2015年4月。新型NSXの日本地域担当S-PL(セールス・プロジェクト・リーダー)となった道下は、率直にまずそう思った。大規模な日米合同開発。北米に立ち上げる新工場での生産。Hondaにとって初ともいえる試みが多い中で、商品の日本仕様化検討/販売戦略企画/輸入・国内販売体制構築等々を推し進め、宣伝企画も担っていく。ずっしりとした重みを背中に感じた。

また、道下はそれまで一般の方々に広く喜ばれるクルマを担当してきた。それだけにNSXというコアなクルマがもつ社会的な意義を、自分の中で位置付けにくかった。彼には“仕事とは志事”という信念がある。HondaがNSXを通じて実現したい志とは何か?そもそもなぜHondaはスーパースポーツカーを世へ出すのか?腹落ちが必要だった。

たくさんの書籍を読み漁った。スポーツカーシーンの歴史書。欧州の名スポーツカーの概説書。初代NSXについて書かれた『小説NSX』。そしてある日、道下は創業者・本田宗一郎の情熱あふれるメッセージに出会う。1950年代に、国際二輪レース(※注1)への参戦を宣言した時の決意表明。それは次のような主旨だった。≪Hondaは国内の需要者へ優秀な実用車を提供することにも努めてきたが、今こそ世界の夢の舞台であるスポーツレースでも力を示し、世界一をめざすのだ。そのことが日本の産業の啓蒙にもつながるのだ≫。道下の視界が開かれた。「四輪最高峰のスーパースポーツカー市場に参入するのは、これと同じことだ。モビリティで人々の生活に広く役立つという志と、モビリティを操る喜びを究極まで追求する志。Hondaはこの両方を追いかけるからこそHondaなんだ」と。そしてこの目覚めが、テッド・クラウスや塚本(※注2)の熱い言葉と結びつく。「このNSXはMade in AmericaでもMade in Japanでもない。Made by Hondaだ」。どこで開発され生産されようと、Honda製のスーパースポーツカーにはHondaの志が詰まっている。世界でたった1つのその魅力を伝え、商品として確実に日本へ届けるのが自分の使命だと奮い立った。

スポーツカーファン以外にも「カッコいい!」を。

SCENE02

“届ける”ための多様な業務の中で、非常に苦労したのは輸入にまつわる体制構築だった。従来にない開発スタイルをとり、北米工場で生産されるNSXには、独自のグローバルシステムや受け入れ体制が求められたのだ。旗振り役となって日米のIT/物流/輸出入管理部門などに呼びかけ、生産・販売システム等のグローバル連携を急いだ。国内の法規や品質基準に合わせるための、日本での陸揚げ後の車両整備体制づくりにも奔走した。

“伝える”ための宣伝企画業務では、展示イベントや新聞広告などの企画に自らの強い意志を込めた。初代NSXが発売された1990年当時ほど、スポーツカーへの一般的関心度は高くない。どう訴求すべきか?「コアなファンに響けばいい」という意見も多かったが、道下は断固として主張した。「NSXはHondaの志の体現物だ。その究極の姿を目にすることで、たくさんの人々をワクワクさせたい。HondaがNSXを出すことには、そんな意味があるんだ」と。例えば今の若い人たちは本当にカッコいいものには敏感に反応する、必ずときめいてもらえる、道下はそう信じていた。長期にわたって議論を重ね、“全ての人にワクワクを”とセールスプロモーションチーム内で意志統一。一般の方々だけでなく、このプロジェクトの社内・社外の関係者も含めて、NSX、さらにはHondaに関係する全員にワクワクするような気持ちになってもらおうと誓い合った。

やがて、NSX発表会の開催時期にあわせ、集中的に展示イベントや新聞広告掲載を行うことを決めた。2016年の8月下旬だ。展示イベントは、羽田空港や東京駅など一般の人々が多く行き交う場所で決行した。たくさんの人々が集まった。感嘆の声をもらすスポーツカーファン。シャッターを押し続ける外国人の方。そしてやがて、通りがかりのショッピング中の若い女性が「わぁーカッコいい!」と言ってスマホで写真を撮り始め、撮り終えるとこう口にした。「あっ、これHondaなんだ」。道下は「よし!」と拳を握った。展示イベントは東京のほか名古屋、大阪でも実施。各地で撮られたたくさんの写真がSNSへ投稿され、スポーツカーファン以外にも拡散された。

意志表明は、直球勝負で。

SCENE03

新聞広告の企画では、次の考えを貫いた。商品広告でなくHondaの意志を表明する企業広告であること。その意志表明を、徹底的にモノを通して行うこと。展示イベント同様、ありのままのNSXの姿で、夢を追い続けるHondaの意志を伝える。写真合成などの小細工はナシ。“一発撮り”のリアルな写真でいこうと決めた。では、それはどんな写真であるべきか?関係者と試行錯誤を重ね、様々なパターンを撮った。例えばサーキットを疾走中の写真。その躍動感にはシビれたが、静止状態でないためブレが出る。工場で製造中のNSXを写した案もあったが、モノとして完成された姿じゃない。本案で採用したのは、黒を背景に真っ赤なNSXがどっしりと構える一枚。実際にスタジオの壁をペンキで黒く塗り、撮影に計3日間をかけた。

モノ自体による主張のために、キャッチコピーも小さくした。1行目には“ORIGINAL MUST BE DONE.”という世界統一のコピー。2行目にはその日本語訳。“やらなければならない原点”という直訳から“Hondaにしかできないことを。”という意訳に変えた。“ORIGINAL”に“初志”という意味合いを、“MUST”に“断固たる決意”という意味合いを込め、Hondaの意志を表現したかったのだ。紙面の左上に小さく佇むこのコピーは、道下自身に様々なことを想起させた。“事に仕える”と書く仕事でなく、“自分にしかできない”価値を発揮したい。それができる会社だと思ってHondaに飛び込んだことが、道下の“ORIGINAL”だった。自分の色を出し切った今回のプロジェクトで、その“初志”を具現化できたと感じていた。

2016年8月25日、東京ビッグサイト。新型NSX発表会の当日。リハーサルで会場を走るNSXの雄姿が道下の目頭を熱くした。無事に日本へ運ばれ、社外の方々の協力も経て、この華々しい発表会を迎えている。広告代理店やイベント運営会社の人たちからは、「NSXに関われて本当によかった」という言葉も頂けた。ワクワクを皆で感じ合えた。 新型NSXは、この発表会同日から受注を開始。その後まもなく2年分の日本向け生産台数を完売した。

※注1:1907年からイギリスで開催されている“マン島TTレース”。文中の決意表明の原文はこちら
※注2:テッド・クラウスは新型NSXのLPL(ラージ・プロジェクト・リーダー:開発責任者)。塚本亮司は車体領域の日本側LPL代行。詳細は塚本の登場ページを参照。