PROJECT STORY

Driving the Edge

"Global Leader Talks"

フィロソフィーブック

時代も、国境も、超えてゆけ。

A00

Hondaフィロソフィーを、
時代と地域を超えて伝承させる

STAFF

笹野 真紀

MAKI SASANO

本田技研工業(株) 人事部 企画ブロック 主任
1999年入社 総合政策学部 総合政策学科 卒業
◎入社後、鈴鹿製作所にて人事を担当。◎2002年、“Honda Manufacturing of Alabama LLC”へ。第2工場の新設に伴う人事支援に従事。◎同年、本社へ帰任。採用のほか、さまざまな人事領域業務に携わる。◎2011年、(株)ホンダアクセスに異動。◎2013年より本社に異動。グローバル人材育成を担当。各地域から選抜されたマネジメント層に対する研修プログラムの企画や運営を行う。グローバルでの人事企画を手がける。

STORY

変わらぬ哲学を、“今の”言葉で。

SCENE01

笹野にとってのHondaの原風景。それは、母方の実家が営むディーラーだ。自転車店にHondaのバイクを並べて始まった家業。祖父はいつもトイレを綺麗に磨き上げていた。「『人間は入れるところと出すところをキレイにしないで、どうして美しい製品が生まれるか』。本田宗一郎さんの言葉だよ」。呟く祖父の横顔は忘れられない。Hondaフィロソフィーが詰まった言葉たちが、直営ではない地方のディーラーにまで行きわたっていることを笹野は、Hondaに入社するずっと前からよく知っていた。

その笹野に、大仕事が舞い込んできた。グローバル全地域のマネジメント層へHondaフィロソフィーの再浸透と継承を図るための、フィロソフィーブック制作。背景には、Hondaが志す「真のグローバル化」がある。生産の現地化をパワフルに推し進めてきたHondaだが、「人のグローバル化」は思うほど進んでいない。ほとんどの現地法人では、依然として日本人がトップを務めている。壁はHondaフィロソフィーの理解度にあった。“理念重視”の企業であるHondaにとって、価値観の共有は他社以上に重要だ。全地域のマネジメント層には、Hondaフィロソフィーを深く理解し、日々の判断・実践を行うことが求められる。フィロソフィーは時代も地域も超えて通用する普遍的な考えであることは間違いない。フィロソフィーをより深く根付かせるために、彼らに何を伝えればよいのか。

かつて赴任していたアラバマでの出来事を思い出した。ある日、工場でサイレンが鳴った。ラインが止まる。するとリーダーたちが一斉に集まり、何事かを話し始めた。中心に現地人の工場長。収拾を待って、笹野は工場長に尋ねた。「何をしていたんですか」。工場長はこともなげにこう言った。「みんなで現場を確認していた。何が起きたか自分の目で確かめて、アクションを考える。それがHondaのやり方だろう」。現場・現物・現実を何より重んじる「三現主義」。それが海を越えて息づいている。その様子を目の当たりにしたこの時ほど、笹野がHondaフィロソフィーの強さを実感したことはない。 コンセプトは決まった。全地域の役員たちにインタビューを敢行し、Hondaフィロソフィーが今この時代に、国境を超えてどのように伝承され、実践されているかを語ってもらう。タイトルは“Global Leader Talks”。

Hondaという、スピード感。

SCENE02

2014年7月。世界中の人事担当者が日本に集結した。会議の中心に笹野がいる。明らかに肩に力が入っている。各地域の担当者による協力なくして、“Global Leader Talks”は作れない。コンセプトをきちんと理解してもらい、強い合意を形成することが絶対の条件だ。プレッシャーに押しつぶされそうだった。付け加えると、笹野は英語で会議の進行をした経験はない上に、同席するはずだった駐在経験者の先輩が土壇場で参加できなくなってしまった。つまり、誰にも甘えることなく一人で場を仕切らなければならない。

会議は丸二日にわたった。幸い、コンセプトについては誰もがうなずいてくれたが、手法については侃々諤々だった。例えば、インタビューで取り上げるストーリー。もし、途上国での工場建設にまつわる話が語られたとする。どれだけ環境に配慮したものであっても、敏感な国からは「自然破壊ではないか」という声が上がるかもしれない。インタビューの内容が現実に迫れば迫るほど、デリケートにならざるを得ないのだ。国境を越えたプロジェクトならではの難題だった。

いくつもの議題が持ち越された。笹野は幾度となくテレビ会議を開き、それらをひとつひとつクリアしていった。嬉しい出来事もあった。リオンという北米の担当者が、「まずはこっちでやってみるよ」と役員インタビューの先陣を切ってくれたのだ。リオンはその模様をビデオに収め、テレビ会議で共有した。映像があるおかげで、細部にまで至る検証が可能になった。「ただの一問一答になるとつまらないよね」。「抽象的な想いより、具体的なエピソードを濃く」。「美辞麗句はいらない。言葉を整えすぎると伝わらない」。笹野は企画の隅々にまで磨きをかけることができた。映像を原稿化するために筆を執ったのも、リオン自身だった。「これはすごくいいものになる」。リオンは興奮気味にそう繰り返した。手応えと確信が、各国の担当者の間に満ちていった。

規模の大きなプロジェクトになると、一般的には、いわゆる「上の承認」がネックになりがちだが、笹野がその心配をする必要はなかった。企画も人選も、担当者たちの間で決めたことがすんなりと通っていく。笹野たちがこうあるべきだと信じたことを、上層部も信じてくれる。「このスピード感が、Hondaで働くということなんだ」。今さらのように、その醍醐味を笹野は噛み締めた。

ゴールは、お客様の中に。

SCENE03

ある日本人役員にインタビューした時のこと。完成した初稿を確認のため本人に送った直後、呼び出しを食らった。「何か問題があったのだろうか」。笹野は青ざめた。その役員は厳しい目を持つことで知られている。だが、おそるおそる顔を出した笹野に、役員は開口一番こう告げた。「よかったよ。いままでたくさんのインタビューを受けたが、その中でもいちばんだ」。こうした評価の声は世界中で上がっていた。誰もが二つ返事でインタビューを引き受け、一気呵成に語り上げる。2時間半にわたって話した後、「話し足りない」とつぶやく役員もいた。自身の言葉を通じて、次世代のリーダーたちにHondaフィロソフィーを伝承したい。役員たちの胸にあった想いが堰を切ったようだった。

2016年1月。足掛け2年にわたって制作された “Global Leader Talks”は、社内イントラネットでの先行公開を経て、ついに発刊された。反響は予想以上で、笹野のもとには海外から何通ものメールが届いた。「当時を振り返り、元上司であった役員が自分たちに伝えたかった想いを改めて理解することができた」。「共感した言葉を紙に書き留めて、パソコンに貼っていた人がいる」。嬉しいレポートだ。本来は管理職にだけ配る冊子だが、「分けてほしい」と直訴する若手社員もいた。「日本語版と英語版があるけど」。笹野の言葉に、彼女は迷うことなく「両方ください」と答えた。いつかリーダーとして海外に赴任した時、英語版を読んでおけば、そこにある言葉を使ってフィロソフィーを伝えることができる。そんな意識ゆえだろうと笹野は感じた。自分がやがて、伝承する側に回ることまで読み手にイメージさせる。“Global Leader Talks”にはそんな力があった。

“Global Leader Talks”が知れわたるとともに、笹野もちょっとした有名人になり、役員に声を掛けられることも増えた。ちょっとくすぐったい思いをしながら、笹野の目はすでに先を見ている。揺るぎない信念に基づくHondaのビジネスの向こうにはいつも社会があり、一人ひとりのお客様がいる。“Global Leader Talks”が、時代と地域を超えてつないだHondaフィロソフィー。それがHondaにしかもたらせない、お客様にとっての価値を新たに生み出していくこと。それこそがゴールだ。